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「ザ・パイのパイ」オギノへーマ殴り書き/書き殴り/本音/虚偽/事実/夢想/真実/妄想/本音/無根/吐露/激情/・・その他諸々の五百字詰め。毎日更新!


by ヘーマ

猪木哀悼3


 猪木は39歳の時から糖尿病を患っていた。



 血糖値600。正常値が120以下なので、健康な人のじつに5倍以上という驚くべき数字である。意識混濁や失明しても不思議ではない。猪木は緊急入院し、まずは糖値を下げることに専念する。


 本来ならばプロレスは引退。インシュリンを打ちつづけなければならない生活を余儀なくされるが、そこは燃える闘魂。奇跡的な回復をみせ、現役継続することができた。しかし、40代に入れば体力低下は避けられない。




 プロレスファンの目は厳しい。身長がほとんど変わらない前田とリングで向かい合うと、猪木がひと回り小さく見えた。あぁ、世代交代も遠くないなと、この頃の誰もが思ったはずである。だが、猪木はこれを逆手に取った。


 「ナウリーダー」と「ニューリーダー」の全面対決へ。つまりベテラン軍と若手軍による闘争。その始まりを、両国国技館(S61.6)で行われたIWGP王座決定戦の試合終了後、長州力がぶちまけたのだった。




 「そうきたかぁ〜!」ファンの一歩先を行く先見性、自身の衰えですら利用する逆転の発想に心底驚かされた。ボクは一時UWFに肩入れしていたが、また猪木の魔術にはまることになる。そして、突然の政界進出。


 あっさり当選。政治の世界でも、アントニオ猪木はアントニオ猪木。「迷わず行けよ、行けばわかるさ」、、、見る前にブッ飛んでいくその精神は何も変わらなかったのだ。



つづく。




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ヘーマ


# by h72ogn | 2022-10-06 07:31

猪木哀悼2


 中学時代はさらに猪木熱は上昇。



 長州力率いるジャパンプロレス軍がごっそり離脱。全日本プロレスへ移籍すると、新日本プロレスはいわゆる冬の時代へ突入してゆく。そこで猪木は、前田日明がエースの「UWF」を呼び戻したのだ。


 この一連の流れ、かなりシンプルに書いているが、とんでもない魑魅魍魎とした裏事情を後から知ることになる。ここでは長くなるので割愛。けっきょく猪木が仕掛けた「行ってこい!」「戻ってこい!」のアングルだったのだ。



 中学の3年間は、東京で年2ペースで現地観戦。昭和608(全日)後楽園ホール、昭和613(新日)東京体育館、7(全日)両国国技館、昭和62(新日)8月両国国技館、昭和63年3(新日)後楽園ホール。


 この間に、沼津市体育館大会が挟まるといった感じ。よほど楽しみにしていたのだろう。東京の大会の日付や試合は全部記憶している。そして、週イチで販売される雑誌は3誌。「週刊プロレス」「週刊ゴング」「ビッグレスラー」。



 ボクは週プロ派。この時の編集長はターザン山本さん。圧倒的な文章力にファンは引き寄せられた。活字プロレスが構築された時期でもある。あれよあれよと新日本は息を吹き返してきたわけだが、反対に猪木のカリスマ性はしだいに低下していくのだった。



つづく


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※ゴングとビッグもしっかり立読みでチェック。「文化堂」よ、ありがとうである。

ヘーマ


 


# by h72ogn | 2022-10-05 13:03

猪木哀悼1


 猪木逝去。初七日まで綴ります。




 男児はまず戦隊ものに興味を示すらしい。なるほど、ボクは「秘密戦隊ゴレンジャー」のアカレンジャーが好きだった。4歳になると先代の貴ノ花へ。ほぼ同時期にブルース・リーにも夢中になる。


 相撲は年6回、ブルース・リーの映画は「死亡遊戯」をもって完結。小僧に待つ精神はない。皆無だ。その数年後、ボクはアントニオ猪木を見ることになる。毎週()8時。テレビ朝日の生中継。


 「ワールドプロレスリング」である。7日間というインターバルがまた絶妙だったのだ。タイガーマスクデビューによる空前絶後のプロレスブーム到来。しかし、ボクはタイガーではなく猪木の虜になった。


 入場時に羽織るガウン、真っ赤な闘魂タオル、黒タイツに黒シューズ、真新しい白い靴紐、骨格、筋肉、そしてあの鋭い眼光、それは他のレスラーとまるで違う別格オーラを放っていたのだ。


 TVで後光を感じたのはこの人だけ。実際に生で見たのは小学校6年の10月。いまから38年前。紺色のキャデラックで伊東青果市場に現れた時、本物が目の前にいる高揚感なのか、ボクはスッと一瞬気を失いかけた。


 小2から約4年間、1度もTV中継を見逃したことはない。ビデオデッキもまだ普及されていない時代だ。すべてオンタイムで見た。平馬少年は金夜を軸に1週間単位で生きていた。プロレス以外のすべてはまるで付録みたいになってしまったのだ。



つづく





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ヘーマ


# by h72ogn | 2022-10-04 12:57

猪木死す


 昭和幻想、昭和望郷、昭和残像、猪木の死によって見事に介錯されてしまった。


 もう還るところはどこにもない。あとは彷徨いながら、漂いながら、そんな感じで暮らしていくしかない。


 つまり、ボクにとってアントニオ猪木は「生き神」であり「死神」でもあったということです。



ヘーマ


# by h72ogn | 2022-10-03 22:44

拒絶語


 耳が嫌がるんだ。



 コトバはその時代を表すものだと思っている。そのほとんどといっていいほど若者の間で流行ったものが浸透し、いい年の人たちが使い出して「流行語」になったりする流れ。


 あとは松本人志が作ったものも近年多い。「めっちゃ」「すべる」「さぶい」「ぐだぐだ」「噛む」「ドヤ顔」「へたれ」「ブルー」などなど。お笑い芸人の造語がこれほど認知されたことはない。




 その中でもっとも使用頻度が凄まじいのは「めっちゃ」だろう。幼児から50代オーバーまで。あちこちでのべつ使われている。これって元々関西弁の1つなわけで、関東人が躊躇いもなく使うのは不自然だ。


 TVをつければ吉本興業所属タレントばかり。それはまるで席巻状態。だから関西弁が言語中枢まで侵入しちゃったのかね?関東弁のイントネーションで「なんでやねん」なんぞを耳にするとイラッとする。




 あ、「イラっと」も松本造語だったよな。文章を書いていても使ってしまうのだから感心してしまう。さて最近、イヤでイヤで仕方がないのは、「とはいえ」である。とはいえ⤵︎でなく、とはいえ⤴︎文化人や解説者までこの発音で言いやがる。


 利口そうなのもバカに見えてくるから不思議だ。それまでイヤだったのはSNSなどで散見されていた「◯◯パイセン」な。先輩のこと。つまり年下が年上に対して使う愚語。ボクは幸い一度も言われたことがない。


 別に年下であっても、平馬ったん、平馬ちゃん、平ちゃん、平馬クン、何と呼ばれてもかまわない。あれ?なぜか地元の女同級生は全員呼び捨てだな。でも、それでいい。しかし!平馬パイセンは絶対に認めない。許さない。


 オッパイでセンズリなら認めます。



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ヘーマ


# by h72ogn | 2022-09-30 12:31