拝啓、死刑廃止論者殿
2022年 07月 27日
罪を償うって?
罪を犯したら罰を受ける。この「罰」というのが犯罪の抑止に大きく繋がっているのは間違いない。でなければ全世界があっという間に無法地帯だ。罪の意識が異常に低いのが悪人の条件である。
躊躇なく何か盗んだり、欲しいがために人を殺めたりもする。悪人同士が何人も結託して強盗・略奪までやることも。だが、彼らがもっとも恐れるのがブタ箱生活である。あんな所はまっぴらだと誰もが思っているようだ。
14年前に起きた秋葉原無差別殺人事件。その犯人(加藤)の死刑が執行された。通行中の5人を車ではね、路上ではタガーナイフで17人を刺す。残念ながら7人が命を落としてしまった。なんという悲惨な出来事なのだろう。
2018年に死刑判決。あれから死刑廃止論者は口を揃えてこんなことを言っていた。「生きてこそ、犯した罪を償える」とね。勘弁してくれっての。もともと罪意識の無い人間が、“償い”という感情が芽生えるはずがない。
よしんば、そんな気持ちを持てるようになったとしても、どうやって刺殺した7人と15人の負傷者に示すわけ?この示しとは、謝罪と金だ。仮に加藤が金持ちであっても、億万長者レベルくらいでは支払えない賠償金が生じる。
ようするに自暴自棄とはいえ、取り返しのつかないことを加藤はやらかしたのだ。生かしておいていいわけがない。死刑はとうぜん、あたりまえ、ごもっとも。多数殺人と幼児虐待はすべて極刑に処すべし。問答無用だ。
そういえば、かつて立川談志は著書で「死刑廃止論者から殺していけ」とぶっ放していたっけ。
ヘーマ


